ssig33_小説

小説投げる
*目次/注釈
**Water Margin
**花一揆
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Apr 4

花一揆 (3)

命鶴丸との稽古は気持がいい。物心ついた時から観世丸は一忠のもとで田楽猿楽の稽古を重ねてきた。だからもう稽古を始めて何年か経つのだが、去年の冬から始まった命鶴丸との稽古程楽しい稽古は無かった。命鶴丸は謡はあまり得手では無かったが、舞いとなると観世丸でもはっとするものをすぐに見せるようになったし、二人で舞っていると、二人が二人では無いなにか別のものになるかのようなのだ。
でも、命鶴丸と俺は友達じゃない。芸事については話すことがある。でも、それ以外のことは話さない。二人が二人で無いなにかになる、というときも、何か壁がある。観世丸にはそう感じられる。そして、命鶴丸とは仲良くしてみたい、友達になりたい。そう思うのだ。
何故そこまで気になるのか、自分でも分からない。ただ、気になるものは気になる。
犬王に相談してみたことがある。犬王は言うのだった。まずは無難なことから話してみればいいじゃないか、と。観世丸には何が無難な話題なのか分からない。俺には芸事しかないのだ。そして芸事の話題は芸事の中だけで完結してしまい、そこから話題が広がるということもないのだった。
俺ももう十二歳なのだ。一忠について興業を回るうちに見えるものは見えてくる。俺はようは親に捨てられたのだ。そして運よく一忠に拾われたのだ。俺は、親のことを何一つ覚えてはいない。そんな俺に、普通が何かなど分かりはしない。もっとも、命鶴丸が普通なるものが通じる相手なのかは分からないのだった。そういえば、一忠は、命鶴丸の舞いが上達する度に、悲しそうな貌をするのだった。何かあるのかもれいない。
ある冬の日、観世丸は稽古を終えた命鶴丸に話しかけた。
「お前、親はどこに?」
結局、そんな話題しか思いつかなかった。
「死んださ。俺の目の前でな」
聞いてはいけないことを聞いてしまった。そう思った。しかし、命鶴丸はこう続けた。
「そういうお前も、親が普通にいるという訳では無さそうだな」
「俺か。俺は親のことなど覚えちゃいない。捨てられたのさ」
命鶴丸は呟くように言った。
「そうか。俺達は似たもの同士なのかな」
観世丸も呟くように言った。
「そうかもしれないな」
その会話は、それだけだった。だが、観世丸の心には、確かに何かが残った。
そして翌日の稽古。何かが、少しだけ、変った気がした。自分も、命鶴丸もだ。
きっと、もっと、変っていけるだろう。


「どうだ、命鶴丸は」
先に口を開いたのは導誉のほうだった。だが、一忠も語りたがっている。そもそも、晩酌に誘ったのは一忠のほうなのだ。珍しいことだった。
「舞いには天稟がありますな。謡は、並。今は観世丸と仲良くしておりますが、むしろ犬王などと相性がいいかもしれませんな」
「俺が聞いているのがそういうことでないのは、分かっているはずだ」
「ですから、その答えがかようなものなのです」
一忠の言葉の意味を考えてみた。恐らく一忠は芸事の一番深いところに関わる話をしているのだろう。そんなものは、導誉には分かりはしないのだ。
「殿は難しく考えすぎておられますな。私の言葉も。そして芸事についても」
「はぐらかすのはよせ」
「はぐらかしておられるのは殿の方だ。分かっているのに、分かるのを避けようとしておられる」
「では言おう。一忠、お前に命鶴丸を死なせずに育てることは出来るか?」
「やはり分かっておられますな。殿は命鶴丸に宿る悲しみを分かっておられる。だが、殿が見落しておられることもあの命鶴丸という少年にはあります」
「ほう、それはなんだ」
「強い、強い、命の光です。殿は悲しみが命鶴丸を滅ぼすとお考えになったのでしょう。しかし、私にはあの命の光こそが命鶴丸を滅ぼすように見受けられる」
「分かるような、分からないようなことを言うのだな」
「それは、私にもまだ、分からないからでございます」
「だが、何か考えはあるのだろう?お前から晩酌に誘うなど滅多にあることでは無い」
「相変らず、そういうところは鋭いのですな。命鶴丸は確かに舞いには天稟がありますが、かと言って観世丸や犬王のような者に勝るという訳でもございません。むしろ、その命の輝きは、武将の資質では無いかと私は考えています。尤も、武将の資質など私ごときに分かることでは無いのかもしれませんが。そういう輝きのようなものは武将に大切なものなのでは無いですか?」
「まあ、そうだな。俺にしたところであまり戦場に立ったことがある訳では無いが。師直や、あるいは上様などにはそういう輝きのようなものはある。だが、命鶴丸に果して本当にそんなものがあるのか」
「私にはそう見受けられますな。して、どうでしょう。命鶴丸は田楽にも興味を持っているようなので、それは引き続き私が教えます。そして殿には命鶴丸を武将として鍛えてもらいたいのです」
「それは分かった。しかし、田楽も続けさせるというのはどういう考えだ」
「田楽は、死への憧憬です。戦は、生への憧憬でしょう。命鶴丸は死も、生も、いずれも強いものを持っています。その両端の釣り合いを取って育てていくしか無いと思うのです。いずれは歳を重ねればそういうことも必要なくなるのでしょうが。幼い内はそれがいいと思うのです」
「人の心の有り様のようなものは、俺よりもお前の方が熟知しよう。そのお前が言うならば、そうしよう。だが、俺は厳しいぞ。俺の調練で命鶴丸が死ぬこともあるかも知れんぞ」
「それはありません。命鶴丸は生きようとする限り生き続け、死のうとすれば生きることはありません。命鶴丸の命の力とはそれ程のものです」
「ならば、存分に鍛えようでは無いか」
「お頼み申した」
「ふむ。お前のそういう態度は珍しいな」
「それ程に、私には命鶴丸のことが気になるのです」
「それは分かる。俺もそうだったからな」
導誉も、一忠も弾けるように笑った。


櫻野智明は、饗庭命鶴丸という少年に魅かれてゆく自分を認識していた。ある日いきなり導誉が連れてきて、そして、気付くと一忠の一座の一員のように稽古をするようになっていた。だが、ただの一座の新参者という訳では無いらしく、ある時からは導誉が自ら剣の稽古などもつけるようになっていた。
命鶴丸がこの屋敷に来てもう半年程が経つだろうか。寒さももう大分深まり、あとは暖くなるだけと言った季節だった。
智明は、あまり物真似や舞いが得意では無かった。しかし、謡にはそれなりの自身がある。舞いの得意な命鶴丸と自分が組めば、最高の田楽を為せるのでは無いかなどと考えていたが、それを言い出せる雰囲気では無かった。
一忠は、命鶴丸を観世丸以外の者と組ませて稽古することは無いのだった。そして、命鶴丸の舞いが上達すればする程、一忠は悲しそうな貌をするのだ。芸の道を極め、そしてこれからもさらに極めようとしている一忠のそういう態度は智明には納得し難いものだった。
命鶴丸は、この屋敷に来た時は殆ど話さない少年だった。それが、観世丸などとはいつしかかなり話すようになっていた。
まずは、観世丸と仲良くなればいいのか。それと他にどういう手があるだろうか。そんな風に迂遠なことすらも考えてしまう程に、命鶴丸に魅かれる自分を、どこか冷やかな目で見ている自分がいることも、智明には感じられるのだった。
結局、素直に一忠に命鶴丸と組んでみたいと言うのがいいのかも知れない。一忠は、もともと田楽だけをやっていたところを、大和の結崎の座などの猿楽を取り込みながら、新しい芸を作っている。一忠は、大和だの近江だのと細かいことではなく、物真似も幽玄も猿楽も田楽も全て取り込んだより完成度の高い芸を目指しているのだ、と智明は考えていた。
そういう一忠なら、案外言えば命鶴丸と組ませてくれるかもしれない。
そんなことを考えながら、京極導誉の屋敷の庭を歩いていた。
ふと、頬に、何か触れるのを感じた。
頬に手をやる。頬に触れた何かに、指で触れた。つまむ。目の前に遣る。
梅の、花弁だった。
顔を上げた。
満開の梅。
そして、梅の木の下にいる、命鶴丸。
風が吹いた。散った花弁が、風に舞った。
命鶴丸には、花が似合う。そう、思った。
あるいは、命鶴丸こそが、花なのかも知れない。
命鶴丸と目が合った。見つめあう。
先に口を開いたのは、命鶴丸だった。
「お前、最近、俺のことをよく見ているな。」
智明は、口を開くことが出来ない。
「なあ、お前、名前なんていうんだ?」
「櫻野…智明」
智明は呟くように言った。
「そうか、智明か。なあ、智明。俺と組まないか」
あまりにいきなり過ぎて、智明は何も答えられなかった。
「観世丸と組んでいると、天稟とはあのようなものなのだ、というのが俺にも分かる。あいつは俺と組むのを楽しんでくれているようだけど、俺は正直言ってみじめにすらなる。観世丸は俺などでは及びのつかない天才さ。お前も観世丸の才がどれ程のものかは分かっているだろう?」
「ああ。観世丸は一忠殿や犬王殿をいずれ越える男だ。俺もそう思っている。だが、それが俺達にどう関係があるのさ」
「お前も分かってるんじゃないか?謡が得意なお前。舞いが得意な俺。二人で一人になればいい。二人で一人ならその一人は観世丸を越えられるかもしれん。そうではなくても観世丸と競りそしてお互いが大きくなっていける」
智明は、それを言う命鶴丸の目に、何かを感じた。だが、それが何かは分からなかった。
命鶴丸が手を差し出した。
智明は、その手を取った。
二人は、手を強く握りあった。
また、風が吹く。梅の花弁が二人の間を舞う。

気付いたことがある。命鶴丸は、決して笑わない。

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Mar 13

花一揆 (2)

夏の暑い盛りの夕方、導誉は、特に何もしていなかった。一応公家と武家の繋ぎ役、というようなことになっている。本拠ということになっている勝楽寺の城は配下の者に任せて、自分は京の屋敷に滞在していることが多かった。配下の一万程の兵も、息子の秀綱に面倒を見させているという格好になっていた。それで自分は、京を派手な直垂などを着て軍勢を引き回して練り歩いたり、屋敷で一忠達の田楽の稽古などを見ていたり、あるいは連歌に明け暮れていたりするのだった。京の導誉の屋敷は、実質一忠達の本拠となっているのだった。
余人は、導誉が派手な軍勢で練り歩くことで京の治安が維持できているだとか、田楽に公家を招いたりすることで公家との関係の維持に務めている、などと言ったりするのだが、別にそういうことでは無い。単にそれが楽しいからやっているというだけのことだ。
婆娑羅の風を吹かせて都を練り歩くのは実に気持ちいいし、田楽に公家を招くのは、公家には芸術について素養を持つものが多いからというだけの話だ。公家は腐りきっているが、あるいは腐りきっているが為に芸術への素養は深いのだ。そういう者と田楽や連歌を楽しむのは、純粋に面白い。
しかし、勧修寺経顕や、二条良基のような公家とは田楽や連歌の同好の士として繋がっているということもあったから、職務に関する実益が無いという訳でも無い。ただ、それは結果がそうだというだけの話だ。
何もしていないというのは何もしなくていいからだった。京に至る物流はその総てが導誉の物といってもいいのだった。京に至る道は二つ。淀川の道と近江の国からの道だ。領国であるところの近江の国の琵琶湖の道は導誉は公然と支配していたし、淀川の道も道を差配する悪党とも商人ともつかない者達の権益の後ろ盾となっているのだった。
この二つの道を導誉が塞いでしまえばあっというまに京は干上がるのだ。つまり、京にいるものは導誉に逆らえはしないのだ。それは、尊氏や帝ですらそうだ。導誉に逆らえば飢えて死ぬだけだ。
この国の目に見える頂点は尊氏と帝だが、その帝や尊氏の京での力を支えているのは導誉であり、つまり導誉はこの国の裏の頂点にいると言ってもいいのだった。ただ、裏の力は裏の力であり、思い上がることはしていない。
それに、導誉は尊氏が好きなのだった。力を溜めてきたのも尊氏の為だし、この力は尊氏の為だけに使う。
そんなことをぼんやりと縁側で考えていると、小者から声がかかった。
「殿、上様がお見えです」
尊氏はふらりとこの屋敷に訪れることはよくあった。それで酒を飲んで連歌などをする。若いころは肌を重ねたこともあったが、今はそういうこともない。尊氏はいろいろと言い訳をつけるが、ようは単に若い男が好きなだけなのだ、と導誉は思っていた。
「久しいな、導誉」
それ程久しくもないが尊氏は縁側まで来てそんなことを口にした。尊氏は近習らしき少年一人だけを連れている。供回りなどは屋敷の外に待機しているのであろう。
「全く、お前が俺を迎えに上ったことは一度も無いな」
尊氏だろうが公家の某だろうが導誉は自ら迎えに出るということは絶対にしない。そのかわり誰かの屋敷に邪魔をする時は相手の身分がどうあれ自ら部屋まで出向く。それが導誉の美意識なのだった。
尊氏は導誉の右隣に腰を下した。
「まあお前がどういう考えをもってそういうことをしているかは俺には分かるし、俺も本当はそういう風に考えているさ。だがつまらん者どもの目もある。導誉は尊氏に頭を下げさせているなどと言う者があるかもしれないぞ」
「この導誉の屋敷において、上様をつまらない者の目に晒させることはありません」
尊氏の手の者だろうとこの屋敷の中は覗かせないという意味だ。
「それは心強いな」
尊氏は苦笑いを浮べた。
尊氏はいつも導誉を蹴落そうとしている。導誉は尊氏の上を行こうとする。そして向かい合えば皮肉を言い合いながら酒を飲む。それが二人の関係なのだった。尊氏の間者が自分を探っていることは分かっていたし、導誉が分かっているということを尊氏も分かっているだろう。そして、そういう関係の中で導誉と尊氏は互いに支えあっているのだった。
「何か御用ですかな」
「いや、お前に何か頼むというのは俺にとっては最後の最後さ。それは分かっているだろう」
「この導誉の屋敷を上様は酒屋かなにかのように使われておりますな」
「全ての武士は征夷大将軍たる俺の家臣で、お前は武士だ。文句あるか」
尊氏はこういう子供っぽい筋の通しかたをすることが多い。導誉はちょっと笑って答えた。
「もちろん、文句などあるはずはございません」
尊氏の近習らしき少年は尊氏の右後に立っていた。ふとそちらを見た。少年の目に、何かを感じた。
話しかけた。
「お前も腰を下したらどうだ」
「上様の隣りに腰を下すなど」
尊氏は苦笑いを浮べながら言った。
「そんなことは気にするな」
「いえ」
頑ななものも感じられる少年だ。
「おぬし、名は何というのかな?」
「饗庭命鶴丸と申します」
「名を尋ねるとは、命鶴丸のことが気になったか、導誉」
「まあ、そんなところですかな」
「お前らしいやり方で気を使うのも分かるが、命鶴丸にも立場というものがある、分かってやれ。そんなことより、そろそろ始めるか」
部屋に入り、そして導誉は手を叩いて酒を命じた。連歌というのは、人の心のあり様の総てを丸裸にするものだ。芸事というのは、つまり人の心なのだ。連歌というのは芸事の極地の一つではないか、と導誉は考えていた。

結局四十五句程続いた。二人で四十五句というのはそれなりの量だ。量はあるが、中身は卑猥極まりないものだった。導誉は高潔な連歌も卑俗に塗れた連歌もどちらも好きだ。気付けば外は暗くなっていたし、酒もかなり進んだ。
「そろそろ帰らしてもらおうか」
ちょっと呂律の回らない喋り方で尊氏は言った。最近尊氏の酒量は確実に増えている。
立ち上がる尊氏を饗庭命鶴丸が支える。また、命鶴丸と目があった。命鶴丸の目のなかにあるなにかが何なのかやっと分かった。
底知れない悲しみだ。あまりに深い悲しみは、もはや悲しみとしてすら発せられていない。恐らく、尊氏にはこの悲しみは見えていないだろう。
尊氏は、人を見る目が無い。尊氏自身は自分に人を見る目があると思っているが、実際は全然無い。例えば尊氏は高師直と足利直義がいかに争おうとも最後の最後では自分に従うと信じきっている。それは尊氏の甘さでもあったし、魅力でもあった。そういうところを自分が支えていこう、と思ってしまうのだ。
「尊氏殿、命鶴丸を私に預けてもらえませんか」
そんな言葉が口をついて出た。
「なんだ、いきなり」
「尊氏殿は、私に何かを頼むのは最後の最後だと言いましたな。私が尊氏殿に何かを頼むのは最後の最後です。その私がこうして頼んでいる」
導誉は頭を下げた。
「どうか何も聞かずに、命鶴丸を私に預けて頂きたい」
「そういうのはお前には似合わん。頭を上げろ」
頭を上げる。目と目が合う。導誉は、必死だった。真剣な眼差しを尊氏に向けた。
「分かった。いいだろう。命鶴丸をお前に預けよう。理由もあえて聞くことはせん」
「ありがとうございます」
導誉は頭を下げた。
「だから似合わないと言っただろう」
それでも導誉は頭を上げなかった。
「それでは俺は帰らせてもらう。命鶴丸、お前はここに残れ」
尊氏はそう言って部屋を出ていった。
導誉は尊氏が部屋を出るまで下げた頭を上げなかった。
何故、ここまでしてこの少年を手元に置こうと思ったのか。
この少年の目に宿る悲しみは、尋常なものではない。この悲しみはいずれ、尊氏やこの少年を傷つけるに違いない。しかし、その思いからこうした訳では無かった。
何か、別のものがある。今は何か、としか言いよういがない
居て立ってもいられなかった。導誉は、そういう自分の勘や直感のようなものを信じている。その、何か、が何であるのかはこれから見つけていけばいい。


一忠は、京極導誉という男のことをよく考えた。
人から婆娑羅者などと言われている。自分でもそう言っている。権威を嘲笑し、我を貫き通し、派手な着物を着て、粋に振る舞う。それは残酷でもあり、平然と寺を焼くこともある。
一見それは豪快に見え、確かに豪快なのだがそれだけではない。豪快さの裏には緻密さがある。繊細さと言っていいかもしれない。総てを計算し尽し、そして動く。
妙法院を焼き討ちにしたときもそうだった。導誉は配下の者が妙法院の法師に恥をかかされたからという理由で妙法院を焼き討ちにした。しかし妙法院の者との喧嘩沙汰など日常の出来事だったと言っていい。妙法院は公家の馬鹿息子の掃き溜めのようなところだったのだ。
導誉が妙法院を焼いた時というのはまさに武家と寺社の押し合いが頂点に逹っし膠着の様相を呈し始めた頃だった。天台山以下の山門衆徒は、妙法院を焼き討ちにした導誉を処刑せよと強行に主張した。さらに、妙法院は皇族の御座す門跡寺院だったのだ。皇族や公家もこぞって導誉を処刑するようにと言い出した。
しかし、足利尊氏は京を支える導誉を失うわけにはいかなかったし、それ以上に寺社や公家の主張をそのまま受け入れられる状況ではなかった。そんなことになれば寺社や公家との押し合いにある勢いがつくことになってしまう。
結局導誉は流刑となった。その時の導誉は見物だった。配下の者二百人を引き連れ、いつもにも増して軍勢を飾り立て、そして極めつけには、山門の神獣たる猿の皮を二百人全員の腰当に使っていたのだ。
そんな導誉の堂々たる流刑の行列に対し京の民が喝采を送っていたのを一忠は今でも思い出す。そして導誉は流刑地にまで行くこともなく近江に留まり、そして半年も経つと何事も無かったかのように京に戻ってきた。
表面だけ見れば無頼漢の如き狼藉だが、武家と寺社、公家との争いに相互不可侵という一つの形をつけたのだった。そしてもう一つ形を見せたものがあった。足利直義と高師直の対立だった。足利直義は古い武士の権益を代表している都合、寺社や公家の主張をも代表するというところがあったし、新しい力を代表し自身も婆娑羅風を吹かせている師直はそれに対して強く反発した。
あるいは直義と師直がちゃんと結んでいれば幕府は安定するのかもしれないが、生来この二人は馬が合わないというところがあった。そういう幕府内の争いも目に見える形として整理されたのだった。
導誉がどこまで考えて妙法院を焼いたのかは分からないが、何も考えていなかったということは無いだろう。そして導誉は気に食わないから焼いた、などと言うだけなのだ。
それに芸事についてもそうだ。自分のような者達を庇護しているし、連歌を為し、自ら謡を唄うこともある。絵画や闘茶などについても一端の知識を持っている。それも導誉は芸事が好きなだけなのだ、と言う。
しかし興業に全国を回る一座の者達から話を聞くことで情報源としているようなところがあったし、それになにより導誉は人の悲しみのようなものを誰よりも分かっている。
芸事というのは、つまり人なのだ。そして人の、希望よりも絶望、喜びよりも悲しみ、創造よりも破滅、生よりも死、そういったものを表すのが芸事なのだ。一忠の為す田楽というのは、まさに生きながらの死なのだ。舞いは、謡は、その総ては死へと繋がるものなのだ。だから、本当の田楽というのは命を賭けるものなのだ。死を舞い、唄うのだからともすればそのまま死の淵に足を踏み入れることになるのだ。
人の悲しみを理解する導誉は、だからそういう芸事の本質を分かっているのだ。だが、導誉はそういうものを表立てはしない。表に見せる貌は婆娑羅風を吹かす単なる無頼漢。導誉とはそういう男だ。
そして、この饗庭命鶴丸という少年。目には深い悲しみが湛えられている。深い、深い、悲しみだ。導誉はこの深い悲しみを感じ取ったに違いない。だから、導誉は尊氏からこの少年を引き受けたのだ。
だが導誉は結局この命鶴丸をどう扱えばいいの分からなかったのだろう。預かったまま何をする訳でもなく、済し崩し的に一忠が面倒を見るような形になっていた。
一忠には、この命鶴丸という少年について悲しみ以外にも感じるものがあった。悲しみとはつまり死の発露なのだ。しかし、この命鶴丸という少年には、強烈な死の思い以外にも、強烈な生の思いがあるのだった。あるいは、導誉のはその生の思いを感じることが出来なかったのかもしれない。それで、この命鶴丸という少年を読み切ることが出来なかったのかもしれない。
強烈なる死と生を併せもつこの少年について、一忠もどう扱えばいいのかまだ決めかねていた。ただ、死や生、そういう人の有り様こそが芸事を輝かせるのだ。あるいは、田楽をやらせれば弟子の犬王や観世丸を越える何かを見せるかもしれない。
しかし、死を呼び醒すものである田楽は、この少年を死に追い込むことになるかもしれない。自ら道に志願して来た者ならばともかく、そうでは無い者をそういう世界へ追い遣ることは一忠には出来ないのだった。
しかし、このままではいずれこの命鶴丸という少年は何処かで容易く命を落すことになるだろう。ならば、田楽で命を落しても同じなのではないか。そんな風にも考えた。あるいは、その思いは、田楽の極みを見てみたいという一忠の思いから端を発しているのかもしれない。それは、単なる自分勝手では無いのか。自ら道に志願して来た者ならばともかく、そうでは無い者をそういう世界へ追い遣ることは一忠には出来ないのだった。
しかし、このままではいずれこの命鶴丸という少年は何処かで容易く命を落すことになるだろう。ならば、田楽で命を落しても同じなのではないか。そんな風にも考えた。あるいは、その思いは、田楽の極みを見てみたいという一忠の思いから端を発しているのかもしれない。それは、単なる自分勝手では無いのか。
一忠の思いも、一向に纏まることは無い。いつしか、木の葉が色づきはじめている。

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Mar 9

花一揆 (1)

花一揆

第一章
-梅-

足利尊氏には信頼できる力が無い。京極導誉はそう思っていた。導誉自身は尊氏から信頼されているのだろう。しかし導誉は目に見える軍事力という形では力を持ってこなかった。それが導誉の生き残る術だった。それに導誉にさほど戦が得意ではない。好きでもない。
高師直、高師泰の兄弟はどうか。幕府の直轄軍ともいうべき武士を率いているし、尊氏から信頼されてもいる。しかしその師直は幕府内では足利直義に押されて身動きが取れなくなっていた。
後醍醐の帝が死んで、もう六年も経っているのだ。南朝との争いは、小競り合い程度のものになっていた。そうなると、政務を担当している直義の力が増すということになっきた。何故だか分からないが、直義と師直は仲が悪い。馬が合わないというやつなのだろう。好きだとか嫌いだとかには理由など無いものだ。
直義は力が増すとともに、師直の勢力を押しはじめた。師直は戦で力をつけた。戦が無ければ、師直は力を持っていられない。
尊氏の最大の敵であった、陸奥守北畠顕家との決戦は、もう七年も前の話だ。尊氏を二度も絶体絶命の危機に晒した顕家。今でも思い出す。
一度目は、まさに風だった。鎌倉で後醍醐帝に反旗を翻した尊氏。討伐に派遣されてきた新田義貞を打ち砕き、京へ進撃した。その尊氏を、奥州から出てきた顕家は凄まじい勢いで追ってきた。導誉が何をする間も無く顕家は京にまで至り尊氏を一撃で追い散らした。尊氏は九州にまで落ちざるを得なかった。風としか言いようが無い軍勢だった。
しかし尊氏は九州で、多々良浜で菊池の軍勢を僅かな兵力で打ち破り、そして力を持ち直した。
二度目は、まさに鬼だった。奥州を出た顕家は鎌倉で斯波家長の軍を打ち砕き家長を殺し、青野原で高師冬、土岐頼遠の大軍を破った僅か一日で打ち砕いた。これに対して師直は幕府の動員できる殆ど全軍を使って、二ヶ月もの期間をかけて、締め付け続けた。局地戦では師直は何度も破れ続けたが、それでも粘り強く軍を立て直し続け、兵力の差を生かし、最後には顕家を討ち果した。
顕家との戦のことは今でも思い出す。高師泰の憔悴した顔。顕家を京都に直接入れるな。師泰はそれだけを言った。導誉には青野原で大軍と戦った顕家の軍は疲弊の限りを尽していて、放っておいても自壊する、むしろ京に引き込んでしまえ、という風に見えていた。師泰の考えは違っていた。顕家の軍は鬼になっている。鬼となった兵は、疲れを知らない。死ぬまで戦い続ける。だから一度休ませて人間にするしかない。師泰の言い分は分からないでも無かったが、導誉にはそれを実感として理解することは出来なかった。だが、師泰も鬼の貌をしていた。だから、導誉は黒血川に陣を張った。それで、顕家は伊勢に退いた。そして、師直は顕家を討ち果した。
そんなことも、もう昔の話だ。そう、昔の話と言っていいだろう。そう、戦乱の時代は、終わりつつある。
それでも、導誉には漠然と見える不安があった。戦場での勘は高の者共に譲るかもしれないが、そういう勘では誰にも負けはしない。だから近江などという所に領地を持っていられた。導誉はそう思っていた。淀川と並び、京の物流を支える要地である近江を、誰もが虎視眈々と狙っている。
導誉が今感じている不安は、尊氏についてだった。まだ形を持って見えはしない。だが、今、尊氏は力を持つべきだ。導誉はそう思っていた。導誉はそういう自分の勘を疑っていない。
「何を、お悩みですかな」
一忠。田楽の座を率いている。導誉は庇護を与えている。余人からいろいろ言われることはあったが、導誉は単に猿楽や田楽が好きなだけなのだ。
「上様のことよ」
「尊氏殿ですか。尊氏殿も困ったものだ。直義殿と師直殿の争いに何も口を挟もうとなされない」
一忠は、見るところは見る男だ。そして、何の遠慮も無く導誉に話しかけてくる。しかしそれは不快では無い。
「具体的に何かあるということも無いのだがな」
「殿のそういう漠然とした不安が外れた、ということはありませんな」
「そうだな。俺は、尊氏殿が力を持っていないというのは、不安なのだ。師直は、今は動けん」
「殿の思いを言葉にすると、こうですかな。直義殿か、師直殿。どちらかが尊氏殿の首を狙うかもしれない。にも関わらず」
「それ以上は口にするな」
続けると、尊氏は自分の力を持とうとしない。政事の力は直義に、軍事の力は師直に任せきりでいる。それが不安でたまらない。そして導誉には尊氏のことが、分からない。肌を重ねたこともある。それでも見えないものは多い。尊氏とはそういう男だ。
一忠はさらに、続けた。
「だから俺がなんとかするしかない。殿の思いは、そこでしょう」
そうだ、その通りだ。


高師直は、悩んでいた。足利直義のことだ。直義が作ろうとしているのは、鎌倉幕府だ。師直は、そう思っていた。師直は、時代は変ったと思っている。武士のありようは変るのだ。だから、幕府は変らなければならない。直義のやり方ではは、古い武士達しか満足させることが出来ない。土地にしがみついている武士だ。
鎌倉幕府倒幕の力になった者達は、そうではない。楠木正成。赤松円心。尊氏は正成と円心の戦果を横取りしたようなものだ。それは、事実だ。あるいは、尊氏を二度滅ぼしかけた、北畠顕家。顕家は、土地ではなく、行政権を武士達に与えることで、武士の力を自らのものにした。北畠顕家。恐しい敵だった。顕家の七万の軍に対して、師直は、二十万を越える大軍で二ヶ月もの間、野戦に山岳戦に戦い続けた。戦って、戦って、戦い続けた。負けて、負けて、負け続けた。負けて、負けて、負け続けて、そして勝った。負けて、負けて、負け続けて、それでも、大兵力を生かして顕家の兵力を少しづつ削っていった。石津。二百騎で突っ込んでくる北畠顕家。二百騎を三万で押し包んで、しかしそれでも翻弄され、最後は遠巻きに矢を射掛けて、討ち果した。あの時の、屈辱。あの時の敗北感。今でも思い出すことがある。苛まされることがある。しかし、自分は勝ったのだ。
顕家のことを考えると、いつでもあの戦いのことを恐怖とともに思い出す。それはともかくとして、今の時代力を持ち始めた者達、その力の源泉は土地では無い。鎌倉幕府は、土地を功績のあった武士に恩賞として渡すこと、土地の所有権にかんする決裁を行なうこと。それで武士達を支配する力を得た。
だが、もはや恩賞として渡すべき新たな土地は無い。そして、倒幕の力になった者達は土地を力の源としていない。楠木正成と赤松円心は、京への物流を差配し、その利益を軍費としていた。そして率いていた兵達は土地に根を張る武士ではなく、銭で雇った者や、いずれの者とも知れぬ山の民たちだったのだ。
確かに、鎌倉幕府に最後の一撃を加えた新田義貞と足利尊氏は源氏の血をひく、武家の棟梁だ。そして尊氏は土地の安堵を積極的に与えることで、新田を滅ぼすだけの力を得た。だが、結果としては土地を巡る争いが全国に広がったのだ。尊氏の下にも、新しい力を持った者達が、確実に集っていた。そういう者達と、古い力を持つ者達。争いは止まない。争いといっても小競り合いのようなものではある。しかし、そういう争いが、国の力を弱めるのだ。
南朝と北朝の争いの本質もそこだ、師直はそう考えていた。自分の権益を得る為に、人々はそれぞれの朝廷を利用しているに過ぎない。南朝と北朝が再び合一したとして、争いが無くなる訳ではない。形が変るだけだ。
師直が見ているのは、日本のことだけでは無かった。元のことだ。今、三度元が九州を侵せばどうなるか。耐えられはしないだろう。鎌倉幕府があったころは、己が土地を、己が生活を守るために、武士達は、水師達は、一致団結して戦った。それが、己が利益となったからだ。だが、今はそうではない。今、元が攻めてくれば、南朝北朝の争いが収まるどころか、元につく武士も出てくるだろう。そうなれば国は滅ぶ。
国が滅ぶということは尊氏が滅ぶということだ。そんなことになってはいけない。師直は、尊氏に命の全てを賭けたのだ。
師直は、土地に根付かない力を将軍が持つしかない、と考えていた。師直の持つ四万の軍は、名実共に幕府の直轄軍であり、尊氏の命さえあれば即座に動くことができる。諸将を集め軍評定をするなどいう面倒をすることなく戦える。京極導誉の一万程の兵も実態としては、そうだろう。だが、師直の軍も導誉の軍も土地に根付いた軍だという点で不完全なものだ。最後の最後では、土地に縛られることになる。
それでは駄目なのだ。物流、交易、そういうところから出てくる銭によって支えられる軍。師直が考えているのはそういう軍だった。
足利直義はなぜこれを分かってくれないのか。直義とは何度も正対して語りあった。直義は、国内を安定させるには、土地を持った者達を安堵しなければならないのだと語る。しかし、それでは鎌倉にあった幕府が京に移ったというだけの話だ。何の為に鎌倉幕府を倒したというのか。
時代は変ったのだ。新しい時代に対応する為の新しい力。急がなければならない。師直は焦っていた。


満月の夜。足利尊氏は、退屈していた。己が手で天下を掴みとった。余人が見ればそうなるのだろう。天下を獲ることが、夢だった。己が夢を、掴みとった。しかし、夢を掴みとるとはこれ程までにつまらないものなのか。夢とは掴んだ瞬間に色褪せ、屑になってしまうものなのか。それは違う。尊氏はそう考えていた。つまり、己が夢は、天下を獲ることではなかったのだ。
では、己が夢は一体なんだったのか。考えた。四十年をいくつか越えた己の人生のなかで、一番楽しかったこと。それを考えた。すぐに、答えが出た。
騎馬隊を率い、徒を率い、弓隊を率い、原野に敵を討つ。六波羅探題、北条時行、新田義貞、北畠顕家、菊池武敏、楠木正成。勝ったときも負けたときも、これ程楽しかったことはない。
己が夢とは、戦だったのではないか。天下を狙うことこそ、一番大くの戦を得ることが出来る近道に他ならない。だから、俺は天下を目指したのではないだろうか。そして、天下を掴んだ果てには、戦も何も無い平凡な毎日という訳だ。
弟の直義は言う。尊氏がちゃんと土地の安堵をしなければ、天下は乱れに乱れるのだと。後醍醐の帝は武士の土地を安堵しなかったから、尊氏に政権の座を譲り渡すことになったのだと。
尊氏は思う。そんなのは直義がやればいい話だ。俺がそんなつまらないことをやらねばならない理由がどこにあるというのか。直義が上手くやれているのだから、直義がやればいいではないか。
高師直は言う。新しい武力が国中に芽生えている。その力をひとまとめにして将軍の力としないことには、再び元が攻めてきたら、あるいはまた北畠顕家のような戦の鬼が攻めてきたらどうなるか。
尊氏は思う。それこそ望むところだ。元だろうが鬼の軍勢だろうが迎え討ってやる。高の軍勢と京極導誉の軍勢。それだけで五万はいる。それ以外にも自分に付き従う者はいるだろう。師直は戦を数だけで考える傾向がある。だから顕家に苦戦したのだ、と尊氏は思っていた。師直は五万程の顕家軍に対して十数万の軍を何度もぶつけ続けた。そうではないのだ。五万が相手なら十数万を五万程に分けて入れ代わり立ち代わりぶつけ続ければいいのだ。
確かに俺は一度顕家に負けた。完膚無き程の負けだ。九州にまで一撃で追い落された。しかしあの負けと、そのあとの多々良浜での勝ちで、戦のなんたるかの総てを学んだ。今の俺なら元の軍勢二十万が攻めてきたとしても五万の軍で打ち破ることができる。九州はどうあっても保たないだろう。近畿にまで引き込めばいいのだ。
俺は、平和など、天下など、見たくない。俺はただ戦っていられればそれでいい。この国の平和など、生きながらの死だ。尊氏は、そう思っていた。
しかし尊氏がどう思おうが、この国は平和に向いつつあるのだった。南朝と北朝の争いは一向に収束を見ないが、南朝方に北畠顕家や楠木正成のような強敵が表われることはもう無いのだった。師直が心配するように元が攻めてくることもないのだった。いずれ南朝は北朝に飲み込まれ、土地や利権を巡る各地の争いはいずれ落ち着くところに落ち着くだろう。そうなれば天下泰平、事も無し。足利尊氏は生きながらの死を迎える。
そんなのはつまらない。俺には戦が必要だ。
「命鶴丸」
「ここに」
饗庭命鶴丸は、十一歳だった。尊氏の近習になるまで、どこで何をしていたか、尊氏は知らない。体を動かすことは得意なようだった。明るく、好奇心も旺盛だ。尊氏が魅かれるのは、こういう若い男だった。世継を残すという義務感から女を抱いたこともあるが、やはり男だ。
「夜伽をせよ」
こう言いはするが、尊氏は受け身は好きでは無い。その辺り京極導誉とは体の相性が悪いと思っていた。導誉も俺と同じだ。攻めたがる。尊氏は命鶴丸の帯に手をかけた。帯が落ちる。命鶴丸の肩がはだける。命鶴丸の右肩には大きなあざがある。このあざに吸い付くのが尊氏は好きなのだった。
初めて命鶴丸を抱いた時のことを思い出した。命鶴丸は怯えるような貌をしていたような気がする。今は、命鶴丸から尊氏を求めるようなところもある。それは、悪い気分ではなかった。
尊氏は、情欲と快楽に身を任せる。

目次、解説等
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Feb 12

Water Margin (13)

1110 年 9 月

もう、この山塞に入って 2 ヶ月が経った。梁山泊。山塞がどういう構造なのかも見えてくる。王倫という男が頂点にいる。しかし実際に山塞を動かしているのは宋万と杜遷という男だ。宋万、杜遷。この二人は一体だった。朱貴がこちらに転んだ時点で杜遷もこちらに転んだ。
朱貴は宋江とも会談した気配だった。闇の塩の流れに自らという楔を打ち込んだのだろう。今は塩のことにも興味は無い。宋江にも。
今は、林冲の為にこの山塞を奪ればいい。林冲に何故ここまで光を感じるか。考えもしない。それでいい。
杜遷は山塞の裏方を一手に背負っていた。国に例えれば民政のようなことをしている。宋万は軍の統括だった。
朱貴の推薦という形で山塞に入ったので、王倫からはある程度の信頼を得ていた。杜遷の下の事務官のような役割を果している。
戴宗は、武術は得意で無い。そういう風に見せている。実際はそれなりの体術が使える。四人や五人なら相手が武器を持っていようと相手が出来る。ただ、剣や棒を使った武術というのはそれ程得意では無い。得意では無いというだけで、宋兵などと打ち合って負けるということは無い。
闇塩などを扱っていると、巡検などで無く、いきなり宋兵の襲撃を受けることがある。
そして、その武術の腕は、宋万に見抜かれた。一度宋万から立ち合いを申しこまれた。受けた。棒を執って闘い、当然わざと破れた。
「わざと負けるにしても、もっと上手いやり方があるものだ。それなりの腕だが、それなりだな。それにお前が全力で俺に打ちかかったとして勝てない。ならば全力で打ちかかればいいのだ」
宋万は打ち倒された自分を引き起しながら、小声でそう言った。
宋万はこんな山塞に逼塞しているのが不思議な程腕が立つ。体も鍛え上げられた大男で、山塞の男達からは雲裏金剛などと呼ばれている。
戴宗は武術は駄目だが、しかし裏方の仕事には才がある男として山塞に潜入したのだった。宋万はその嘘を見抜いた。見抜いたというだけ。王倫になにか言っている気配は無い。
山塞で兵達から話を聞いていると、王倫という男が見えてくる。
科挙を受けた。しかし落ちた。それで山賊を始めた。杜遷が最初からの仲間。極めて狭量な王倫が梁山泊の首領となれたのは杜遷の力が大きい。それだけの男。
杜遷は王倫を前面に押し出すことで楯としてきた雰囲気もある。だから、より大きな力である、宋江が来ると、即座に転んだ。こんな芝居を打つ必要があるのかどうか、今では疑問に思う。
ただ、宋万の態度は今一見えていない。
それに見えたものがまだ一つある。山塞の兵達のこと。王倫は世直しという旗を掲げている。無論飾り。しかし、それに魅かれて梁山泊に加わったという者も多い。その兵達を綺麗に騙して林冲の力とする為には、今やっている芝居もそれなりの意味があるのでは無いだろうか。
事は順調に進んでいる。宋万も王倫などという男の下にいることにいい気を持っていない。それは確実。あとは、確実にこちらに引き込む。それだけのこと。
劉唐が、「義」を為して梁山泊に駆け込んでくるのは十一月だ。もうあまり時間は無い。しかし、人を誑して操るなど、自分の最も得意とするところだ。

1110 年 11 月 13 日

事は全て、戴宗からの連絡で把握している。陸謙も、朱武の手の者達も全て青州軍の探りに回してしまっているのだ。宋江のところの武松という男も動き回っているが、これはまた違うことの為に動いているようだ。武松の動きについて、林冲も戴宗も細かいことは知らない。
劉唐は、かなり派手なことをやった。梁中書、北京大名府の留守(長官)から蔡京への生辰綱(誕生日祝い)を丸ごと奪ってしまったのだ。
劉唐はそのまま済州まで駆け込み、梁山泊へ入山を打診したのだという。梁山泊の王倫はそれを拒否した。そんな男を入れてしまえば宋軍から目の仇にされる。そう考えたのだろう。戴宗が密かに届けてくる手紙で林冲は王倫のことを詳しく知っている。狭量で意気地の無いな男だ。ただ、戴宗の手紙を見るまでも無く王倫のことはある程度想像がついた。堅牢極まりない水寨に拠り、世直しの旗を掲げながら、宋軍を恐れ、あまり外には出ない。そこから人格が見えてくる。
その王倫を山塞の副頭領のような地位にあった、宋万という男が斬ったのだという。世直しを掲げながら、義を為した劉唐を入れないのはどういうことか。そう言って王倫を斬ったのだという。
宋万も、こちらの味方だった。朱貴、杜遷、宋万、山塞の主立った幹部三人をあっと言うまに引き込んでしまった戴宗には凄まじいものがあった。離れていながら、鬼気迫る何かを感じた。林冲は、そんな戴宗が羨ましかった。今になっても、ふと自分は何をやっているのだという思いがよぎる。
しかし、そうも言っていられない。青州軍が、秦明が、またも二竜山に接近してきている。結局、桃花山との連合は間に合わなかった。
林冲には策がある。関勝もそれに賛同してくれている。準備も出来ているのだ。二竜山を捨てつつ、秦明に打撃を与える。本来は二竜山を捨てるだけでいいのだ。秦明に打撃を与える必要などどこにもない。
しかし、秦明には苦杯を舐めさせられ続けた。一撃ぐらい浴せてやりたいでは無いか。林冲は具足を付ける。兵の出動の準備はもう出来ている。塩の道を担当してきた非戦闘員の脱出もそろそろ終るころだろう。
林冲は部屋を出た。この部屋に戻ることは、もうおそらく無いのだろう。愛着など感じはしない。
関勝、朱仝。そして兵達。林冲の心に炎が燈る。

1110 年 11 月 18 日

青州軍との対峙は既に三日に及んだ。青州軍。五千が出てきている。殆ど総動員。見事な軍だ。秦明の軍人としての有能さ分かる。
関勝が近寄ってきて言う。
「頃合いです」
戦の間の関勝の言葉は短い。
林冲もそう読んだ。
「乗馬」
林冲の麾下の兵、劉唐の麾下の兵、関勝の麾下の兵。一斉に馬に跨る。劉唐は今この場にはいない。今は劉唐の騎馬隊も自分で動かす。
林冲は槍を中天に掲げる。その槍を秦明の本陣に向ける。縦列で駆け出す。先頭を駆けるのは、史文恭。まだ若い。この戦いから将校として使うことにした。林冲は騎馬隊の中央から指揮を執る。
史文恭がそのまま突っ込む。秦明は歩兵で受ける。
林冲、右に回頭。林冲より後ろにいた三百騎が続く。林冲が先頭を駆ける格好。
史文恭に向け退きの合図を出す。史文恭は三百を素早く纏め、後退。
林冲、反転。退いてゆく史文恭と交錯。史文恭の突撃で乱れた部分に集中して騎射を浴びせる。離脱。
そこに朱仝が歩兵の半分を率いて突入。伝令のやり取りは無い。流れるような連携。
黄信が出てきた。左翼から駆け込んでくる。二千騎全てが、林冲に向ってくる。黄信は先頭を駆けている。関勝が騎馬と残り歩兵を率いて巻き込むように黄信へ向う。林冲はさらに左へ回頭。二竜山側に向って駆ける。黄信は林冲と併走するように回頭。それが関勝を避ける一番の方法だ。しかし、一つ見落している。
史文恭。疾駆。見えた。黄信の最後方に史文恭が食らい付く。百騎ほどがあっという間に史文恭の隊に打ち落された。黄信はこのまま自分に並んで駆けるしかない。
関勝が回頭して黄信の隊を断つ。林冲は反転。黄信の隊前半分を挟撃。黄信も反転する。黄信が最後方になる。黄信の隊は猛然と駆ける。関勝は駆け抜け離脱。黄信の騎馬隊は数は多い。下手な手は出せない。黄信は全隊を小く纏める。史文恭と交錯。そのまま、朱仝の歩兵の突っ込んでゆく。
朱仝は青州軍の大軍に突っ込みながら、うまくいなすような動きをしていた。あまり傷を受けていない。朱仝は何事も無かったかのように退いてくる。そこに関勝が率いていた歩兵が合流。黄信に向って二竜山の三隊の騎馬隊が駆ける。黄信は進路を変える。
林冲は槍を中天に向ける。それで全騎馬隊の動きが止まる。黄信の向う先には花栄の弩隊がいる。
朱仝の歩兵と、青州軍の歩兵が向かい合う態勢になる。騎馬隊は双方戦場から離れている。これだ。この時を待っていた。
青州軍の歩兵が一斉に動く。朱仝の歩兵は一千。青州軍の歩兵は三千。あっという間に押される。
あとは林冲の手の届かない戦いになる。朱仝の手腕を信じるしか無い。林冲は二竜山の裏に回りこむ。

待った。二竜山の本営がここからは見える。朝から戦い続けている。もう夕刻だった。二竜山の本営。「秦」の旗があがる。殆ど同時。朱仝が千五百の歩兵を率いて駆け込んできた。
「やりましたよ、一千は討ったと思います。二竜山に伏せていた五百が効きましたね」
秦明を二竜山に引き込み二竜山を捨てながら秦明に打撃を与えるという作戦はうまくいった。
「よし、次が最後の一撃だ。徒の者には少々厳しいだろが駆けてもらうぞ。進発」
史文恭が全軍の先頭になる。再び二竜山を回りこむ。
黄信、花栄。想定が全て当った。騎馬隊や弩隊は山塞攻めの役には立たない。むしろ邪魔にしかならない。
林冲は黄信へ向う。朱仝は歩兵を弩の射程ぎりぎりに展開させる。関勝が花栄へ向って駆ける。
花栄の隊が関勝に向く。弩が放たれる。関勝はぎりぎりで反転。そこに反転した林冲が突っ込む。花栄の陣が乱れる。弩隊が騎馬隊に突っ込まれて形を保っていられる訳が無い。史文恭がただ一人馬上の花栄に迫る。史文恭は弓を番える。引き絞る。騎射。史文恭の矢が走る。光が走る。史文恭の矢が花栄の胸に突き立たる。
林冲は全軍を纏める。
「皆、よくやった。これで全てを果した。南へ駆けるぞ。休むのは、それからだ」
そのまま南へ駆ける。梁山泊へ駆ける。今、秦明の軍にこれだけの打撃を与えられたのは、林冲が二竜山を捨てると秦明が読めていなかったからだ。それに形を見れば、秦明から二竜山を追い落されたという風になる。負けだ。しかし、林冲の心は踊っている。
歩兵もいるが、五日も駆ければ梁山泊に着くだろう。

1110 年 11 月 24 日

戴宗は、梁山泊を出た。済州の原野。土煙。駆けてくる。先頭。林冲。林冲は、馬を降りた。交す言葉は、無い。
戴宗は、やはり林冲に、光を見た。



戴宗。交す言葉は、無い。戴宗の目には、光がある。何か、果すべき目的を見据えた目だ。林冲には、それが羨ましい。

*目次/注釈
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Feb 4

Water Margin (12)

林冲に話を持ち掛けた時点で全ての準備は出来ていた。林冲は劉唐を出すと言った。劉唐という男は特に知っている訳では無い。
戴宗は林冲自身に出てきて欲しかった。林冲は戴宗の策を聞いて、自分の考えをそこに混ぜた。それで、林冲では無く劉唐になった。策そのものに変化があるわけではなかった。劉唐との打合せは林冲に任せた。劉唐は、林冲の隊も含めた騎馬隊の調練に出ていたのだ。
二竜山から済州まで自分の足で駆けた。走る速さでは誰にも負けはしない。
済州、梁山湖、その東岸。朱貴の店。来た。今、ここから我が夢が初まる。
「朱貴殿ですね。柯引と言います」
ここは、偽名を使う。とっさの判断。
「如何にも私が朱貴だ。なんですかな。飯を食いに来たという様子には見えませんな」
朱貴、鷹揚な話し方、派手な服。
「単刀直入に言います。私を梁山泊に入れて欲しい」
「何を為しましたかな。殺しか。盗みか。それともその両方かな。あるいは賂の揉め事かな」
「単刀直入に言います。私は宋江殿の手下の者。宋江殿は梁山泊を欲しがっている。私をまずその尖兵として梁山泊に入りこむ、そういうことです。そして、朱貴殿にはその策略に助力願いたい」
朱貴、王倫に不満を懐いている。それは調べた。
「つまり、王倫から宋江殿に鞍替えをしろと。いや王倫を裏切れと言うわけですか」
驚く風でもない。肝が太いのか、こういう話し方をする男なのか。
「そう言ったつもりです。宋江殿はある仕事の拠点に梁山泊を使いたがっている。その為には梁山泊の湖塞と、朱貴殿、あなたが欲しい。宋江殿に拠ればあなたが得られる物は今よりも遥かに大きい。宋江殿の力については分かっているはずです」
朱貴。目を閉じる。俯く。顔を上げた。目を開く。その顔には不敵な笑み。
「いつかはお前のような男が来ると思っていたよ。私の目とて節穴では無い。梁山泊の周りを嗅ぎ回る奴がいたのは分かっている。巡検の動きでは無い。とすれば宋江の手の者だろうとな。であれば、お前は私が何を思っているのか知っているのであろうな」
「王倫は」
「頼むに足らず。梁山泊にはそれなりの力を持った主が必要だ」
「ならば話は早い、私を梁山泊に案内してもいましょうか」
「お前は梁山泊を奪う策があって来ているのであろう。その全てを話せとは言わん。だが、少しの話し合いはあってもよかろう。今がその時だ」
「梁山泊を奪うこと自体は私一人でやるつもりです。だが朱貴殿を傷つけることは避けたいというのが宋江殿や私の意見です。だから今こうして正体を明かしたという次第」
「私はな、宋江殿の塩の道の一端を支えたいと思っているのだ」
塩の道を読んでいたのか。目の前の男は、深い。。
「塩の道か。その言葉を口にしたということは、生きて宋江殿の門下を離れることは出来ないな。今なら聞かなかったことにも出来る」
話し方を変えた。
「晁蓋が難敵であることは分かっている。それ程に機密を重視するのだしな。晁蓋との争いにおいて、私の存在は大いに役に立つぞ」
晁蓋。その名を知っているのか。朱貴。深い。想定より。遥かに。
「どうやら話し合うことは少なくないようだ。私の本当の名は、戴宗と言う」
朱貴の表情が変る。戴宗という名は、それなりに通る。名は通るが、顔は知られてはいない。それには気を配ってきた。
戴宗は、卓に着いた。

*目次/注釈
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Feb 2

Water Margin (11)

1110 年 7 月

二竜山。林冲と正対するのは実に二年ぶりのことだ。
「久しいな、戴宗」
「ああ。ここではよろしくやっているようだな」
「そうだな。塩の道など細かいことは全部朱武がやってしまうし。軍も自分で見ているのは騎馬隊の二百だけだ。あとは関勝だな」
「軍か。賊徒の山塞が立派になったものだな。秦明という将軍の執拗な攻撃を何度も跳ね返していることについて、各地の顔役もお前を賞賛している」
「まあ今の俺の仕事は見えやすいというところはあるな。しかし、塩の道についてはお前一人で二竜山一つと同じような働きをしているではないか」
「それもどうかな。李俊殿と宋江殿を結んでいた道はあっという間に李袞に潰された。調べられている気配はあったが、こちらも様子見しようと思っていたところを、前触れも無く黄文炳を消された。張青も動きを徹底的に見張られていて動けない。侯健もな。李袞の動きについちゃ俺が何か手を打てたはずさ。宋江殿など何も言わないがな。お前との間は大分開けられたという気分だよ」
林冲は目を伏せた。
「まあ言うな。それで用というのは何だ」
「梁山泊のことだ」
「どうするつもりなんだ」
「奪っちまおう」
「どうやってだ。梁山泊には賊徒四千人が拠っているのだぞ。というかそれを調べてきたのは戴宗、お前だろう。二竜山の軍はそれなりの力を持つがそれでも僅か二千。とても無理だ。王倫と交渉をするというのが宋江殿や、他の顔役達の意見だろう」
「その四千の賊徒もあわせて丸ごと奪っちまうんだ。俺に考えがある」

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Water Margin (10)

1110 年 6 月

抗州の城郭にも大分慣れてきた。南京応天府は李袞に任せた。抗州には一人。抗州では塩を扱う店を一つ一つ調べるという地道な調査をやっている。そういう調査は、一つの視点から続ける方がいいのだ。それで、違いを見極められる。
樊瑞などは、多人数で同時に動きを見てその中から異変を探す方がいいと言う。考え方の違いなどは、あって当然だろう。いずれにせよ、結果を出せればいいのだ。
気になるのは、歙州との物流だ。抗州と歙州に何か繋がりがある。そういうことが分かってきた。ただ、それが何かはまだ見えていない。
李袞には張青と孫二娘の動きを封じさせた。すると、開封府で塩の値がかなり動いた。この辺りのことは公孫勝と書簡の遣り取りをしながら進めてきた。張青と孫二娘の闇塩への関与は確実だ。
役割が見えてこないのが侯健だった。李袞によると身辺の警戒は相当なものだと言う。これも李袞に張らせた。
黄文炳という道を潰してしまうと、李俊から宋江への塩の道は動きを止まった。ただ、それはそれでいい。宋江を干上がらせることになるし、南の塩の道のあり様も分かりやすいものになる。それは、晁蓋が期待することだろう。
抗州の飯店。調査ということとは関係無く通っている。単に味が好み。それにあまり騒がしくない。値が少し張るからだろう。
男が一人、ふらっと入ってきた。身のこなしは、軍人だ。男と目が合う。男はちょっと笑った。
こっちに歩いてくる。警戒心。それを外に出しはしない。
「一緒にいいかな」
返事も聞かずに男は正面に座った。
「さて、私に何か用ですか」
「それは軍人の喋り方ではないな」
警戒心。少し、顔に出たかもしれない。男は笑った。
「貴殿は浪人と見た。俺と同じな」
「それは何故」
「身のこなしと目つきさ。軍人のものだな。俺も軍人だったから分かる。だが、佩いているその二振りの剣は、軍のものじゃない」
「この剣か。これは、父から貰ったものだ。そこそこには斬れる」
「かなりのものに見えるな。鞘を通して剣の気が打ってくる」
楊志には、剣の気など分からない。
「それで、俺の読みはどうなんだ」
「まあ、そんなところだな」
「ならばそんなかしこまった喋り方はよせ、軍を抜けた浪人同士がこんなところで出会ったんだ」
警戒心。
「ところで、おぬしはどこの軍にいたのだ」
「晁蓋将軍の軍だ。上級の将校さ」
本当のことを少しいじっただけの嘘の方が暴かれないものだ。ここは相手に併せて軍を出奔した浪人ということにしておこう。
「おっとこれは失礼、上官様だったのか。俺は楊戩の野郎の軍の下級将校だ」
「楊戩の軍か。あそこは危険が少ないなどというではないか。何故抜けた」
「だからさ。軍功を挙げて昇進してやろうと思って軍に入ったが、あれじゃあ軍功も糞もねえな。昇進するのは賂を多く出したやつさ。お前さんこそ、上級将校にまでなって、何故軍を抜けたのだ。晁蓋将軍の軍は清廉だと聞くぞ」
「なんでかな。上級将校にまでなったが、軍はあまり肌があわなかった。いや、軍じゃないな。上官の呉用という男と肌があわなかった。まあ辞めた理由はそんなものさ」
「呉用という男は知っているぞ。軍学を買われて軍に入ったというのに、騎馬隊を引き回して鎖分銅を振り回しているというではないか。まあ、そういうこともあるのだな。ところで名は何と言うのだ。俺は石秀と言う」
「楊志と言う」
樊瑞のように知られた名ではない。抗州ではこの名で動いている。下手に偽名など使わない方がいいだろう。もっとも樊瑞の名なども闇の流れの中でしか知られていない。
「楊志か。覚えておこう。石秀という名も覚えていて欲しいものだな」
そう言って、石秀は豚の肉と酒を注文した。
「時に楊志。日々の糧は何で得ているのかな」
「上級将校というのはそこそこ銭を得られる地位でな。今は蓄えで暮している。それも尽きればどこか商人の食客にでもなるさ。腕にはそこそこの覚えがある」
「そうか。俺の知り人が人を集めている。俺はそこに行くつもりだ」
「ほう、人を、か」
「そうだ。人だ。人材を探している。軍人、商人、薬師、医師。いろいろだ。何か大きいことをやろうとしているらしいが、俺もまだ細かいことを聞いてる訳じゃない」
興味を持った。気になる。
「ほう、その知り人は何という名なのだ」
「興味を持ったか。だがそれは言えないな。ただ場所を教えることは出来る。歙州の碣村だ。後は自分で調べてくれ。それから、俺がこの話を教えたことも秘密だぜ。では俺は野暮用があるのでな。行かせてもらう。機会があれば、また会おう」
石秀は、気付くと肉を食い終っていた。
歙州。気になる、というものではない。調べる必要がある。あの石秀という男については軍の記録を問合せれば、まずそれでいいだろう。直感では、ただの人の良い男という感じだ。
石秀の話。人材を集めている者がいる。軍人、商人、薬師、医師。あの、石秀が知るだけでそれだけの人を集めている。
歙州には、李俊の息がかかった物流がある。歙州を調べる必要があるだろう。塩の道などというものではない、もっと大きい何かの雰囲気を感じる。

*目次/注釈
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Feb 1

Water Margin (9)

3.替天行道

1110 年 5 月

梁山泊を候補として上げてきたのは林冲だ。林冲の拠点移設という案に宋江は全面的な賛意を示した。柴進と秦明との連携という案については、まだ考えを示していない。
林冲は、地理的な条件から梁山泊を挙げただけだ。梁山泊の詳細な調査には、戴宗が当った。
梁山泊。済州の梁山湖の中央にある小島。水という天然の強力な防壁を持つ。賊徒の巣になっている。宋軍が何度か討伐に乗り出しているが、湖水に阻まれたという形で退いている。
鄆城の宋江の屋敷と目と鼻の先と言っていい。それでも、宋江の勢威は届いていない。
梁山泊という名前を聞いた時、宋江は苦笑しながら言った。
「近くにあるもの程見えないというのはあることなのだな」
梁山泊については、あまり細かいことは分かっていなかった。王倫という男が首領であるが、あまり外に出てこない。出てきても、細かい略奪を為す程度で、その略奪の規模からすると、食料を自給している気配があった。
戴宗の調べで、それなりのことが分かってきた。王倫の下には宋万と杜遷という男がいて、この二人が実質梁山泊を支えている。そして梁山湖の東の岸にある飯店をやっている朱貴という男が、梁山泊と外との連絡を担当している。
そういう事は、梁山泊から出てきた賊徒を拷問して聞き出した。梁山泊の賊徒も少しづつ城郭に出てきては、女を買ったりしている。拷問は戴宗が一人でやった。手下と言える者達も今はいるにはいたが、それを任せることはなかった。聞き出すだけ聞き出したら、殺す。気が滅入る。
先ずは朱貴だろう。宋江はそう言った。なにをどう、とは言わなかった。戴宗はそれで仕事が出来る男だ。
気が滅入る。何をやればいいのかは分かっている。それでも、仄暗い道を彷徨っているような感覚。朱貴が梁山泊の中でどういう地位にあるか。それをもっと詳しく調べる。調べると言えば聞こえはいい。
梁山泊の賊徒をさらに捕えて拷問にかける。死体は、残さない。それで梁山泊の者達は逃げたのだとでも思うだろう。死体を切り刻み、埋めたり流したりするのに、戴宗はもうずいぶんと慣れた。
最近は、陽の中を歩いていても、光を感じない。そんな気分だ。暗いのだ。俺は何をやっているのか。金の為か。確かに、宋江は戴宗に仕事の謝礼をしっかり払う。
仕事に意義を見出したこともあった。宋江は、国を動かす力を得たいと今でも言う。その言葉に光を感じたこともあった。しかし、そんな光も拷問などを続けていれば消えてしまうのだ。
死体を埋めるとき、林冲の貌が思い浮かぶ時がある。
林冲と出会いは開封府でのことだ。それまでも、石勇の飛脚を通じたやり取りはあった。一目見て、馬が合うと思った。林冲もそう思ったようだ。
酒を飲んだ。あまり話を多くした訳ではない。この男は自分とは違う。そう思った。それでも、何故かは分からないが、親しみを感じた。
林冲。梁山泊が宋江のものとなれば、林冲がその頭領を務めるのだろうか。
そう考えて、光が見えた。林冲。自分とは違う。林冲は、もっと雄飛できる。いや、自分が雄飛させるのだ。賊徒の頭領などの器量では無い。宋江は言う。国を動かす力をと。その力を宋江では無く、林冲に持たせるのだ。
そうだ。それが、光だ。

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Jan 31

Water Margin (8)

石秀は、清々しい気持ちで歩いていた。辞めてしまえばこんなものか。一軍の将に憧れた。それで武挙(武官任用試験)を受けて軍に入った。配属されたのは、楊戩の軍だった。
下級将校として楊戩の軍に入った。軍功を上げて、将軍になってやる。そう思った。そこで見たのは、目を覆うような腐敗だった。楊戩の軍が実戦に出ることはなかった。昇進は、賂の量で決まる。そういう世界だ。
開封府に暮していると、それなりの物が見えてきた。政事も腐敗と堕落を極めている。
帝は、道楽に耽っている。宰相の蔡京は、新法を悪用して金の流れを自分に集めている。蔡京に流れた金は開封府に流れ出る。開封府は芸術に溢れた壮麗な都だが、石秀にはそれら全てが虚飾に見える。
いつまでもこんなことが続く筈も無いのだ。開封府の繁栄は、地方の疲弊によってもたらされている。
開封府でまともなのは、童貫と晁蓋の軍ぐらいのものだ。しかし、その童貫ももとは宦官で帝の寵愛によって現在の地位を得たというところがある。晁蓋は、どこか不気味だった。
吐蕃との戦が持ち上がった。その戦に楊戩が出ることは無かった。童貫が出ていった。楊戩の軍は、童貫の出撃に併せてのさまざまな軍需物資の動きから私腹を肥やそうという者で溢れていた。
それで、見切りをつけた。いざ辞めるとなると、少しは躊躇もした。辞めてしまえば、気持ちのいいものだった。
行くあてなどがある訳でもないが、少々の蓄えはある。一度、故郷の南に帰ってみるのもいいだろう。

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Water Margin (7)

1110 年 2 月

今夜も月が明るい。林冲は思いに耽っている。二竜山の体制はかなり変った。
秦明によるところが大きい。昨年の七月と九月。二回攻撃を受けた。凌ぎきった。七月の攻撃は山塞を背に対峙した。一度もぶつかること無く、秦明は退いた。隙を見せなかった。秦明も隙を見せなかった。九月の攻撃は秦明の誘いに乗せられた。雷横が討たれた。雷横は秦明の弩兵に追いこまれ、分断され、五百で秦明の騎馬隊二千全部とぶつかった。雷横は自ら殿軍を務め、死んだ。
雷横は死んだが、その騎馬隊に殆ど犠牲は出ていない。雷横は一人で二千を止めた。鬼神のように駆け、馬を斬られてからは自分の足で跳躍して馬上の敵と戦い続けた。
まるで空を翔ぶ虎のようだった。騎馬隊の劉唐の言葉。劉唐は、一人で二千と戦う雷横を見ていた。以来、雷横の麾下だった兵は死んだ雷横のことを挿翅虎と呼んでいる。
林冲はそうして感傷に浸っている訳には行かなかった。雷横を失なった騎馬隊をどうするか。
関勝とかなり話した。林冲と関勝が指揮することになった。林冲が軍に出たことで、塩の道は殆ど朱武の専任となった。ただ大きな指示は林冲が出し続けている。それは朱武が望んだことだ。
騎馬隊はちょうど一千だった。数度の調練で林冲の指揮で動かせるようにはなった。騎馬隊を指揮するというのは思っていたより面白い。それが感想だ。
調練は、二竜山を出て原野でやる。原野を駆けながら、林冲は編成を決めていった。関勝と劉唐がそれぞれ四百、林冲が二百。関勝の四百は原則として歩兵と共に動く。林冲が常に動かすのは劉唐を併せた六百ということになった。関勝との連携はその場その場の動きということになる。調練はかなりやった。
そして、秦明の攻撃を受けた。先月のことだ。
四千が出てきた。野戦で迎え撃った。秦明は騎馬隊の独自の動きに追従しきれなかった。秦明を野戦で退かせることに成功した。
そんな風に振り返ってばかりなのも、塩の道を朱武に殆ど任せてしまって、暇だからだった。調練も二日に一度ということになっている。
「林冲殿、いいかな」
関勝だ。軍の指揮を執るようになったころから、関勝も朱武も林冲をそんな呼び方をするようになった。誰が言い始めるともなく、気付くとそうだった。林冲には、それがむず痒い。
「なんだ、入れ」
「大した用がある訳では無いのだがな」
関勝は酒の瓶を出した。軍の指揮を執るようになってから、関勝と飲む機会も大分増えた。
「大した用がある訳では無いのだが、まあ考えを言っておこうと思ってな。そういう時には酒を飲みながらするのがいいだろう」
呼び方が変ったというだけで、話し方はこうだ。杯に酒を注ぐ。
「お前がそういうことを言いに来るというのは珍しいな。酒を飲んだお前は軍の指揮のことしか話さんではないか」
「そうだな。俺は軍の指揮がしたくてここに来たんだ。鄆城で燻ぶっていた俺を引っ張り上げてくれたのは宋江殿だ。この二竜山の賊徒を軍にしてくれと言ってな。百の隊長から三千の軍の指揮官だ。直ぐに宋軍を抜けてここに馳せ参じたさ」
「そういえば、お前の昔を聞くのは初めてだな」
「まあ話すようなことでもないさ。丁度、宋軍にも嫌気が差していたところだったしな」
「それは、またどうしてだ。軍が好きなのだろう」
関勝は杯をあおる。
「宋軍は軍じゃないな。腐るところまで腐ってやがる。出世は、賂をいくら出したかで決まるようなもんだ。まあ役所なんかも同じようなものなのだろうが」
「宋は、腐っているな。それで俺達のような者がやっていけるというようなところがある。しかし、童貫の軍などは実力で全てが判断されるなどと言うでは無いか。鄷美、畢勝、王進などという配下の大将もかなりのものだと聞いているぞ」
「正確には違うな。童貫の麾下の軍というのがある訳では無い。鄷美も畢勝も王進も制度の上では独立した司令官だ。実質はその三人は童貫の麾下だがな。王進の軍の騎馬隊の半分は半ば童貫の旗本だ」
「詳しいな。童貫の軍について調べたか」
「この国のここ十数年の外との戦で前線に出続けたのはいつも童貫の軍だ。遼との国境の小競り合いなどでは代州の呼延灼が動いたこともあるが。大きな戦は童貫だ。童貫の下に入れば実戦に出られると思った。その中で出世もしていけると思った。しかし調べると童貫は自分の麾下については抱え込むというか、外からの志願など一受け付けないというところがある。出て行く者もいないな。秦明など例外だな。そうだ、俺はその秦明の話をしにきたのさ」
「秦明か。厄介な敵だな。柴進も。戴宗などは柴進と見えないところで戦い続けている」
「塩の道については俺には分からん。林冲殿と朱武に任せるしかないな。俺に分かるのは秦明の軍のことだけだ」
「何か考えがあると言ったな。それは何だ」
「秦明は強い。その将校もな。あの弩兵なども花栄が指揮しているから強いというところがあるし、騎馬隊の黄信も手強いな。黄信は指揮も凄いし、あの剣の技もかなりのものだ」
「黄信か。あの長剣と正面からぶつかりたいとは思えんな」
「それは林冲殿はそうだろう。俺からすれば槍もやっと様になっている、という程度のものですよ。騎馬隊の指揮は経験が無いとは思えない程のかなりのものだが。とにかく後方からの指揮に専念することだ」
「言ってくれるな」
「事実を言っているつもりですがね。とにかく秦明の軍は強い。そして俺達よりも数が多い。如何に二竜山の山塞が堅牢でそこに篭ればやり過せるといっても、このままではじわじわと兵を削られ続ける。一時は三千はいた二竜山の軍も今じゃ二千とちょっとだ」
「それで、どう考えたのだ」
「こちらから秦明を攻めるべきではないかと。騎馬隊の動きなら、秦明を凌駕できる。秦明の騎馬隊は黄信一人だが、我らの騎馬隊は、林冲殿、俺、劉唐と三人の動きができる。秦明は調練で野営をすることが多い。そこを騎馬隊で掻き回して、歩兵と弩兵で押せばそれなりの損害を与えることが出来る」
「それは考えではあるな。ただ俺の一存で決められる問題では無いな。それに損害については宋江殿が考えを出してくれている」
「そうなのですか。聞いていませんね」
「話す機会が無かったというだけだ。桃花山の賊徒のことは知っているな。宋江殿はあれを二竜山に合流させるつもりだ。戴宗が今動いている。馬についても塩の道の上りを使って買い付けているところだ」
桃花山は二竜山の比較的近くにある賊徒の山塞だ。
「桃花山の賊徒は千五百でしたな。それが合流するとなれば確かにそれなりの力にはなる。李忠でしたか。それなりの棒術を使うと聞いている。あそこは青州軍の管轄外だったな。秦明とはぶつかっていないか。実力は分からんな」
「補給される馬は五百だ。桃花山の賊徒も賊徒とはいえそれなりの統制は取れていると聞いている。半年も調練すれば二竜山の兵と並びこそしないものの、それなりの戦力にはなるだろう。千五百の騎馬隊と、二千の歩兵。これだけいれば秦明を迎撃戦で破れるかもしれん。そう思わんか。退かせるのでは無く破るのだ」
「ほう、それは面白い話ですね。では秦明をどう破るのか。それを話しませんか」
関勝は杯をまたあおった。こうなった関勝は潰れるまで止まらない。関勝は本当に軍が、戦うことが好きなのだろう。
目を開けた。光が差している。酒を過して潰れたと思い至るまで少しかかった。関勝はいない。いつ関勝がここを出たのか、林冲には分からない。
昨日の関勝の秦明は強いという話を聞いて、林冲もいくつか考えることがあった。確かに秦明は強い。その強い相手を正面から破ろうとするのは下策なのではないか。
秦明を破るのではなく、かわす。それで、ふいに思い付いた。
二竜山を捨てる。塩の道の流しかたを思い切り、変える。李俊からの塩の流れも、青州からの塩の流れも、全てを受け取り、そして流すことの出来る、新しい拠点を作る。その拠点は、東京開封府にも北京大名府にも南京応天府にも物や人を流すことが出来る。そういう場所に作るのだ。
今ふと考えてみただけで、絵空事だ。しかし、そういう場所が無いか、調べてみるのもいいだろう。
そして考えはさらに飛躍する。もし、そういう拠点を作れたら、柴進と、秦明と、結ぶことが出来ないだろうか。滄州の塩の流れを宋江の塩の流れと繋げる。秦明の力を加える。それで塩の流れは磐石になる。
突拍子も無いと自分でも思う。しかし、もっと考えてみてもいいだろう。どうせ、暇なのだ。

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